現在の延王。普段は奔放で不真面目だが、重要な局面では優れた手腕を発揮する。治世は500年におよび、名君として名高い。風漢(ふうかん)と名乗っては、国内外に足を伸ばしている。遊郭や賭場で放蕩しては有り金を使い果たし、下働きをしているところを官吏に連れ戻されている。
胎果であり、蓬莱では戦国時代の瀬戸内水軍であった国人小松家に生まれ育つ。兄が二人いたが戦死している。小松家跡取りとしてちやほやされ、領内をぶらついては領民と交流していた。大内氏の傍流から許嫁を貰ったが、祝言の夜に婆二人を盾に寝所に入れてもらえず、以来会った事がないのに子供ができていた[13]。小松水軍が近隣の因島水軍との戦いに敗れ一族郎党滅亡、自らも戦死しかけたところを六太に救われ、雁国を与えられる。
剣術・政治的手腕共に一流で、正義や体面よりも最小限の被害で成果を挙げる主義。盛者必衰の考えも持ち合わせている。かつて自分が処刑した官吏(斡由)の墓参りには、今でもお忍びで行っている。
現在の簡素な服装について臣下と折り合いをつけるまでに、300年に渡る戦いを経ている。六太以下の家臣にとんでもない字を与えている。世話焼きでもあり、泰麒のために、あえて憎まれ役を買って出た。